続けなかった1Q84

“村上春樹さんの『1Q84』が話題になったのは何年前だったでしょうか?
私はブームが少し下火になった頃にBOOK1を購入しました。
とにかく、話題になっている本の内容は気になるので。

最初はテンポ良く読んでいました。
村上さんらしい文章だなと思いながら、先へと進みました。

ところが、途中で吐き気を催しました。
村上さんの文章はどこか陰気臭い部分があります。
それが彼の持ち味だと思っています。
でも、この本を最後まで読むのは、かなりの勇気が必要でした。

今は読み返すこともないので、内容が薄れてきています。
鮮明に覚えているのは、ある宗教団体を思い起こさせる記述があるからです。
想像力がない人ならば、すらすらと読める事でしょう。
単なる小説として。
私には単なる小説として読むことが非常に難しかったです。

この本を読んでいて、私と同じように想像された方はどれくらいいるでしょうか?
もう、問題になる文章の辺りでは、あの死刑囚の顔しか浮かびませんでした。
その中の行いを想像すると、吐き気ばかり出ました。

この『1Q84』が、文庫化されて再び注目を浴びています。
私は先に進もうとは思えなかったので、BOOK1でストップしてしまいました。
今読み返してみたとしたら、冷静に読めるのでしょうか?
まだ自信がありません。”

カメラ女子

鏡の前でカメラを構えてみました。

なんか、めっちゃ違和感ある持ち方だなぁ(笑)

最近すっかりカメラ女子です。
やたらとカメラを持ち歩いてパシャパシャ激写しています。
ご近所の庭先の花に同じ目線まで下がり至近距離で・・・きっと怪しまれてますね(苦笑)
でも楽しいです。カメラ。

車みたいな無機質なものを撮るのも楽しくて、友達のセレナも撮りまくりました!
今度アップします!

コンパクトデジカメだった先日までは、また撮る感覚が違いました。
ただ撮りたいから撮っていて「撮れたな」という感じ。
現実を描写しているだけの文章ですが、本当に「撮っていた」だけなのです。

それがミラーレスではありながら一眼レフになった今では。
撮りたいものにレズを向けてシャッターを切ると「想像以上のものが写り込んでいる」感じ。
とりわけ分かりやすいのが子どもの表情で、写真なのに3Dかと思うほど表情が生き生きとしています。
目なんて本当にキラキラしていて今にも動きそうな・・・
これがズバリ、カメラの魅力なんですねぇ(*^_^*)

これから季節は春。
毎日のお散歩がきっと楽しいに違いない。
カメラケースも新調したし、いざゆかん!青空のもとへ!!

・・・とは勇んでみるものの、新調したカメラケースがなぜかツイードでちょっと秋冬モードなスタイルになってしまった微妙なカメラ女子の私です(^_^;)

男ばかりのひな祭り

今日は3月3日のひな祭り。
華やかなお祝いの日で心も名和むものですが、我が家は子供2人とも男なので、
母親の私がはりきらないと、ひな祭りもなにもスルーしてしまうような家庭です。

夕方のんびりと近所のスーパーに買い物に行ったところ、お友達のご家族に遭遇しました。
我が家と同じくお子さんが3人とも男の子なのですが、
スーパーのかごを覗いてみるとしっかりとちらし寿司に使われるであろう材料が入っていました。

「男だらけだけど、うちは私が女の子だから気分だけでも味わいたいしね。」
とお互いに立ち話し、私も今夜はちらし寿司にしようと、
同じくトッピングの海鮮盛り合わせと寿司のもとを購入しました。

子供も男とはいえまだ幼稚園生と1歳児なので、
日本の四季の行事くらいはしっかりと家族で経験しそれが家族の思い出になっていけば嬉しいなと思い、
女の子の行事ですが、私は部屋に桃の小枝を飾り、先ほどスーパーで買った材料でちらし寿司を用意しました。

息子は幼稚園でここ数日ひな祭りのうたを習っているので
最近、バスタイムや暇な時間はずっとひな祭りを歌い続けています。
今日は我が家のBGMは1日中ひな祭りのうたで、あまりに繰り返しすぎたので
今日1日で歌詞を4番まで覚えてしまいました。

テーブルの上は息子が幼稚園で作ってきたひな人形の工作と
ママにプレゼントの折り紙のお雛様でお祝い気分を盛り上げました。

私のお雛様は祖母が購入してくれたもので、非常に豪華なものでした。
でも子供からみるとあのお雛さまの顔って少し怖いものでもあって。
じっくり見る機会もなく、気がついたら出さなくなっていました。
何十万円もするのに今思うと非常に勿体ないですよね…。
うちは男だらけなので、もし今手元にあっても出せないですけどね^^;

でも先日息子といったトイザらスで、久々にあのお顔のお雛様たちに
お目にかかりました。

色々な種類のお雛様がなぜかお砂場コーナーの隣に勢ぞろいしていて、
さながら横浜のお見合いパーティー状態(笑)

大人になってまじまじ見てみると、どのお雛様も色白でとてもキレイでした。
紅も色鮮やかで思わず立ち止まってしまいました。

でも息子はやっぱりちょっと怖いみたい。
私からすると、兜のほうがよっぽど怖いよー!!

大雪が降って思い出した本のこと

本日は、朝から大雪でした。
 
出掛けた時には「うわ、ここを歩いて行くの?」と、
見なれた道ながらに思ったくらいでしたが、
ケーキのクリーム並みに白くてきれいな雪は、ある意味贅沢品でもあるんだなあ、と思いました。
 
寒いですが、空気が澄んでいて花粉やほこりがないのが快適。
午前中は予想以上の大雪に興奮というか、パニック状態に近かったのですが、
夕方になり慣れて来ると、何となく嶽本野ばらさんの「世界の終わりという名の雑貨店」を思い出しました。
「世界の終わりという名の雑貨店」は、
嶽本野ばらさんが初めて出された「ミシン」に収録されている名作です。
登場人物に名前はなく、君と僕、この二人によって物語は展開していくのです。
物語の一行目は「ねぇ、君。雪が降っていますよ。」
まるで自分が君になってしまったような、静謐で真摯な気持ちになってしまうのです。
この名作に私が出会ったのはもう20代も終わりの頃で、
しかも図書館でたまたま借りた本でした。

この名作が世に生まれてから経過してしまった時間を惜しむくらい、
私は「世界の終わりという名の雑貨店」は素敵だな、と思っています。

なぜ、この名作を急に思い出したかというと、本日の大雪。
寒いなぁ困ったなぁと道は歩くところがないなと思い、
ふとSNSを見るとそれぞれ通勤中の出来事や、朝見た雪景色の写メ、
バスがなかなか進まないことが報告されていて、
それに誰かが答えたり、というやり取りが頻繁に行われていたのです。
とりとめのないことなのですが、その場で知り合いがいなくても、
驚いたりちょっと大変だったり、という自分の気持ちを伝えたいし、
伝えてもらったら嬉しい、という気持ちがあったのだと思います。

伝えて、それで何が変わるわけではないのですが、
そういうことではなくて、誰かと気持ちを共有する嬉しさとでもいうのでしょうか。
それがこうしたちょっとした、非日常的なことで湧いたのだと思います。
「世界の終わりという名の雑貨店」には、雪が降っていることを、
「誰にも告げたくない。君だけに告げたい。」という僕視点の記述があるのです。
まるで本当に降って来た雪のようにきれいな気持ちの記述です。
 
何というか、雪には事実上の影響もある一方で、何かを人に伝えたくなるような、
寒い中で空を仰ぎたくなるような気持ちにさせる力があるのだと思いました。